オーデマ ピゲ ブティック銀座


オート・オロロジュリの名に相応しい高級時計とは 時計ジャーナリスト―菅原茂

10年ほど前にオーデマ ピゲの「ジョン・シェーファー・ミニッツリピーター」を拝見したことがある。これは、1907年に同社が発表した画期的な腕時計ミニッツリピーターを、スケルトン・バージョンで現代に復刻した複雑時計の逸品である。

オリジナル・モデルが作られた20世紀初頭は、時計といえば懐中時計が主流で、スイスのメーカーの多くが腕時計という新しいスタイルの時計の開発に試行錯誤を繰り返してた頃だった。そんな模索期なのに、オーデマ ピゲは、最も初期の腕時計にミニッツリピーター・ムーブメントを搭載して、腕時計時代の先陣を切ったのは、驚くほど革新的であった。オーデマ ピゲが創業から19世紀最後の四半世紀の間に高度な技術を蓄積してきたからこそ為し得た快挙である。この事実は、もっと評価されるべきではないだろうか。ジュウ渓谷のオーデマ ピゲ社を訪れ、ミュージアムに展示されている当時の「ジョン・シェーファー」を目にするたびに、そんな思いにとらわれるのである。

さて、冒頭の復刻スケルトン・モデルに話を戻すと、この腕時計を見れば、誰もがまず精巧なミニッツリピーター・ムーブメントに目が奪われるだろう。オーデマ ピゲがわざわざスケルトンにしてこのモデルの魅力をアピールしたのは、ムーブメントの細部に発揮された仕上げや装飾の素晴らしを時計愛好家に堪能して欲しいと願ったからに違いない。スケルトンウォッチは、製作者にとって、いわば緊張の極致にさらされる真剣勝負である。たんに美しいだけでは十分でなく、どれほど職人の手で丹念な作業が施されているかがすべて露わになるので、時計に精通した専門家や目利きたちの厳しい鑑識眼に耐えるものでなくてはならない。本物の高級時計とは、つねにそうした真剣勝負の産物であり、妥協はいっさい許されないのがふつうである。

ところで、「高級時計」とは何か。この問いに明確に答えるのは容易ではない。まず、漠然と著名な時計ブランドが発表する製品全般が「高級品」と考える人は多いだろう。多少でも機械に関心のある人なら、卓越した精度や精巧な複雑機構に「高級」を見出すかもしれない。あるいは、ケースに貴金属を使用した上品なドレスウォッチや、宝石で装飾された豪華なジュエリーウォッチを見て「高級」と感じることもある。高級時計では、こうした多様な要素が入り組んでいることだけは間違いなく、さまざまな解釈の一面だけを切り出して定義しようとすれば、本質を見誤ることになりかねない。

現在のスイスでは、「高級時計」を言い表す言葉に「オート・オロロジュリ」というフランス語がよく用いられる。日本ではそれを単純に「高級時計」と訳すことも多いが、それでは真意が伝わりにくい。もう少し意味を補えば「高級時計製造」となろう。ポイントは、完成品としての高級時計の背景に広がる「製造」という概念だ。すなわち、研究開発や設計に始まり、部品づくりや組み立て、仕上げや装飾に至るあらゆる場面で徹底的に「高級」を追求する「ハイエンドの時計づくり」と考えればわかりやすい。それは、通常の規格をはるかに上回り、究極を目指す時計づくりともいえる。もちろんそれを実践するには、厳格なフィロソフィーも必要になり、技術的な裏付けも欠かせない。

オーデマ ピゲの工房は、とりわけムーブメントに「ハイエンド仕上げ」が施されていることで有名である。最近では、透明な裏蓋からムーブメントの姿が見える「シースルーバック」が機械式時計の主流になっているが、それでも一般ユーザーの目に触れるのは、ムーブメントを構成する部品の一部にすぎず、見えない部分のほうがはるかに多い。オーデマ ピゲの真骨頂は、この見えない部分にまで、徹底的に仕上げと装飾を施している点である。

スイスの時計産業では、伝統的なプレス機のみならず、コンピューター制御によるハイテク機器を利用してムーブメント部品を製造することが一般的に普及しているが、機械が自動的に工作するのは素材から一定の形を作り出すところまで。個々の部品の微修正や仕上げなどは、今なお手作業に頼る部分が少なくない。高級時計であるかどうかの分かれ目は、職人の繊細微妙な手作業によってどれほど高度な「仕上げ」がそこに施されているかにかかっているともいえる。

たとえば、金属部品の面取りと研磨、穴回りの仕上げ、ネジの頭の仕上げ、ピンや回転軸、歯車の仕上げなどである。バリを取り、縁に45度の角度を付ける面取り加工を一つとっても、さまざまなヤスリや専用工具を使って一つ一つ手作業で仕上げていく工程は、想像以上に複雑である。また、表面を平滑に磨いて、金属特有の質感と艶やかな輝きをもたらす作業も、ハイエンド仕上げには不可欠である。オーデマ ピゲの手仕上げの中でとりわけ有名な一例をあげれば、金属に鏡面仕上げを施し、光が面に直角に当たると「黒光り」が生まれる「ポリ・ノワール」と呼ばれるものがある。しかも単に黒く光るだけではなく、部品をかざした方向によって、面が一様にブラック、グレー、ホワイトに輝かなくてはならないという基準に則っていなくてはならないという。表面にわずかなムラがあっても反射光が拡散してこのような色や照りが実現できないので、手作業で完全な平滑面を作り出さなくてはならないのだ。ミニッツリピーターのハンマーや、トゥールビヨンのブリッジが発する目映く重厚な輝きなどは、この「ポリ・ノワール」の賜物である。ちなみに、仕上げは、歯車や軸のように時計の機能や性能と関係するものあれば、美感にのみ関わるものがある。ただし、部品を一つ一つを入念に仕上げることで、耐久性の向上につながることは付け加えておこう。

ムーブメント部品に施される「ハイエンドの時計づくり」には、仕上げとならんで装飾がある。平行な波模様が連なる「コート・ド・ジュネーブ」や小さな円のモチーフをリズミカルに重ねた「ペルラージュ」をはじめ、「エングレービング」と総称される彫金、あるいはムーブメントの金属部品に透かし細工を施す「スケルトン」などがよく知られている。地板の表面や窪みに施されるペルラージュを除いて、これらの技法によって作り出される美観は、はっきりと目に見える。それだけに、なおいっそうの完璧が求められる。こうした繊細な作業に携わるクラフトマンには、十分な経験に裏付けられた正確無比な指裁きが求められるだけでなく、美観を判断する優れたセンスも備わっていなくてはならないのだ。

機械式ムーブメントは、所定の位置に部品を配置して組み上げるだけでも、時計を機能させることはできる。機械仕上げとある程度の手仕上げを組み合わせてまずまずの美観も実現できる。価格などに制約のある量産品ならそれでもいいだろう。時計づくりにおいては、金属部品は、そのままでは無機質な物にすぎないが、人の手で美しい仕上げを施すことによって命が吹き込まれ、生き生きとした表情が生まれるのである。オーデマ ピゲのハイエンド仕上げは、細部まで手間暇かけて仕上げれば、ムーブメントが一級の芸術作品に姿を変えることを見事に証明している。もちろん現実的には、ハイエンド仕上げに相応のコストがかかり、製品が高価になるのも当然である。名匠によって手づくりされた、人を感動させるような美術工芸品が、安価で手に入るはずがないのと同じだ。価値は、価値を知る者によって意味が生まれる。そうした価値に対する対価が価格に反映されるのは、高級時計もちろん、あらゆるラグジュアリーの分野に共通している。

オーデマ ピゲのハイエンド仕上げの詳細を1冊の本にまとめた著者の一人、ジュリオ・パピは、序文で次のように述べている。
「ある時計がどうして高価なのかという点について客観的な基準を理解していていただきたい。すなわち、複雑時計は必ずしもハイエンドではないということになる。複雑さや技術の信頼性を超えて、仕上げ度合いに違いがあり、時計の完璧さを判断するには、じつに細かい箇所にまでどれだけの注意を払っているかを認識しなくてはならない」

スイスには、歴史と伝統を誇る著名な時計ブランドが数多くあるが、「オート・オロロジュリ」の名にふさわしい高級時計は、一部のメーカーのある特定の製品にすぎない。伝統的な手づくりに最高の価値を見出し、ハイエンドの時計づくりを実践するオーデマ ピゲはその中でも突出した、希有の存在なのである。

菅原茂(すがわらしげる)

時計ジャーナリスト。1954年生まれ。ファッション、ジュエリー誌の編集を経て1990年代初頭よりスイス時計の取材に取り組み、時計専門誌や一般誌への寄稿多数。スイス人時計関係者とも交流も幅広く、2003年から2006年までジュネーブ時計グランプリの日本人初代審査員も務めた。訳書に『ブレゲ 天才時計師の生涯と遺産』がある。

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