1875年の創業以来、スイスで唯一同じ家系で営まれてきた最古の時計メーカーがオーデマ ピゲだ。
一世紀を超えて未曾有の複雑時計をつくり続けてきた、無二の技術力を今日にも継承する世界最高峰のマニュファクチュールである。
スイスのジュウ渓谷に100年前から建つ本社、環境性能を誇る新社屋、ミュージアム、そしてル・ロックルの頭脳集団を訪ね、
真の高級時計とは何か、いかにあるべきか。その歴史と現在を追った。
| 取材スタッフ |
| 文 |
沢渡重蔵 Text by Juzo Sawatari |
| 写真 |
山下郁夫 Photo by Ikuo Yamashita |
| 取材協力 |
坂田由鯉子 Special Thanks to Yuriko Sakata |
Story 1

ル・ブラッシュの表通りに立つオーデマ ピゲ本社屋。1907年に建造された。
ジュネーヴ・コルナヴァン駅に立ってレマン湖を背にすれば、北にジュラ山脈が連なっている。オーデマ ピゲが本社を構えるジュウ渓谷は、その山間の奥に位置する。
1860年、ジュウ渓谷の村、ル・ブラッシュで撮影された写真が、現存している。オーギュスト・ルノワールの絵画そのままの服装で佇む人物と、その人影の奥に小さな教会が写っている。その写真が撮影されてから15年の後、ジュール=ルイ・オーデマとエドワール=オーギュスト・ピゲは、この村で固く握手を交わした。オーデマ ピゲの本社は、今も同じ教会の傍らに建っている。
ページトップへ
Story 2
16世紀、フランスの新教徒の一部が、宗教改革の迫害からスイスに逃れてきた。知識層も多かった彼らが、この国に時計製造のすべを伝えたことは有名な話である。やがてジュネーヴに時計産業の華が開くが、それは近郊に暮らす農民たちの、地味で根気の要るムーブメント下請け作業の恩恵に因るものだった。ジュウ渓谷の寒村も、その例外ではなかった。
しかし谷の人々にも転機が訪れる。18世紀半ば、サミュエル・オリビエ・メイランが、ル・ブラッシュの村で初めて完成品時計を組み上げた。その知識と技術は口承で人から人へと伝わり、この技術を継いだ一人にルイ=バンジャマン・オーデマがいた。後にオーデマ ピゲ創業者となるジュールの3代前にあたる人物だ。時経てルイ・オーデマ社は、世界初のリューズ巻き上げ機構を搭載した懐中時計を完成させている。
オーデマ家はフランスのグルノーブルから逃れて来たユグノー派、つまり新教徒であった。夏は農業に精を出し、雪深い冬は家に籠って「エボーシュ」と呼ばれる半完成品をつくり続けていた。ちなみに、スイスの時計工房の窓は北向きと決まっている。精密作業を行うには、南向きでは太陽光が強すぎてしまい、むしろ北の窓から雪の反射を介する照度が最適だとされている。今日のオーデマ ピゲ社の社屋も、北に窓を持つ。

トゥールビヨンのケージパーツ。ここから丹念に磨き抜く。

ミュージアムの展示室より。ジュール・オーデマの3代前、ルイ・オーデマが興した会社が製造した懐中時計。左は当時の歯切り旋盤。

修復部門で保存しているパーツ箱。19世紀末のモデルより、パーツを製品ごとに仕分けしている。帳簿や設計図もスキャンしてデータ化済み。
ページトップへ
Story 3

オーデマ ピゲ製グラン ソネリ。1920年。各正時および15分毎にゴングが鳴る。
さて、オーデマ家にジュールが生まれたのは1851年のこと。幼少から時計づくりの手習いを始める。抜きん出た才能を持ち、大きな夢を胸に秘めていた。
一方のピゲ家は、中世よりジュウ渓谷で続く古い家柄だ。ジュールに遅れて2年後、エドワール=オーギュスト・ピゲが誕生。同じく少年時代から腕を磨き、成長すると時計仕上げ職人として立つ。小さな村でのこと。2人の少年が出会い、夢を語り合うことに何も不自然はない。無論、共通の夢とは、共に複雑機構を売り物とする時計製造会社の設立だった。1875 年、2人は夢をかたちにすると誓った。同社はこの年を会社設立年としている。
夢は一歩一歩かたちを成していく。1881年、2人はジュウ渓谷の公証人の下で定款に調印。いよいよ実業に乗り出す。主としてジュール・オーデマが技術部門を統括、エドワール・ピゲが営業部門を統括することとなり、この業務分担はその後も両家の間で長く続くことになる。
ページトップへ
Story 4

組み上がったばかりの〈ロイヤル オーク グラン コンプリカシオン〉。永久カレンダー、ミニッツリピーター、スプリットセコンド クロノグラフ、ムーンフェイズ。
こうして組織を固めたオーデマ ピゲは、着実にマニュファクチュールとしての実力を付け、複雑時計を完成していった。早くも1882年以降には、ミニッツリピーター、永久カレンダー、スプリットセコンド・クロノグラフなどを搭載する懐中時計を製造。そして1889年に開催されたパリ万国博覧会にてグラン コンプリカシオンを出品し、世界にその名は知れ渡る。さらに1892年には、世界初のミニッツリピーター搭載腕時計を完成させた。
以来、オーデマ ピゲは、「卓越した技術と大胆な発想」を社是とし、世界初の試みを絶え間なく発表し続ける。13本の針を有する万能時計を筆頭に、ロンドン上空の星図を表示する複雑時計や、ムーブメント厚1・25mmの世界最薄懐中時計、ケース厚4.8mmという世界最薄のトゥールビヨン・ウォッチなど、その開発力は20世紀の時代にもとどまるところがない。そして1972年、ステンレス・スティールを使った世界初のラグジュアリー・スポーツ・ウォッチ〈ロイヤル オーク〉コレクションが誕生。ベゼルとケースバックが、6角形をしたビスで完全に固定され、揺るぎのない幾何学的美を構築。オーデマ ピゲの人気を全世界で不動のものとした。
ページトップへ
Story 5

本社の隣、ミュージアムが置かれた建物に、トゥールビヨンの工房がある。建物自体の年月は経つが、内部は至って機能的だ。
さて時は下って2004年、ル・ブラッシュにある本社の隣に、オーデマ ピゲ・ミュージアムが完成した。前述した自社の歴史を語る記念碑的傑作はもとより、かつてジュウ渓谷にあった現存しないメーカーの時計まで所蔵・保存している。一方、本社屋では、100年を超えるオーデマ ピゲ製品のパーツをモデルごとに箱詰めし、万全の修復体制を整えている。もしも欠品していれば、ゼロからパーツをつくり出す。19世紀につくられた懐中時計など、ほとんどのモデルの設計図は現存しており、すべてデジタルスキャンし、コンピューターにデータ保存している。さらには現存しないジュウ渓谷のメーカーの製品修復にも手を差し伸べている。
この谷で育まれた、高級複雑時計という類い稀な文化と技術を尊び、未来へ繋げるオーデマ ピゲ。その精神の針は止まることがなく、未来へと刻み続ける。
後編へ続く

オーデマ ピゲ ブティック銀座
〒104-0061 東京都中央区銀座7-8-8 APタワー
TEL:03-6830-0788
営業時間:11:30 - 19:30 / 定休日:水曜日
アクセス
ページトップへ